手段ではなく、目的から考えよう

 

どうもウノモトです。

どんな内容の仕事においても、これは結果を左右するんじゃないか、と共通して見いだせる要素があります。それは手段と目的の関係。プロセスと結果の関係ともいえますね。今日はそのことについて、心がけておくべきことを考えます。

 

家事から人生まで、すべては問題発生→解決の連続

部屋が散らかっているとします。これは、良くない状態です。問題が未解決な状態ですよね。当然、「散らかっているな」と思ったら、ズボラな人でない限りは、掃除をしようと試みます。

しかしこれは何も自分でする必要があるのでしょうか?誰か他の人に頼んでも、部屋の散らかりという問題は解決しますし、それこそ持っている人はまだ少数ですが、ルンバなどのロボットに任せるという時代も来るはずです。

あるいは、そもそも部屋が散らかっているという状態はそこまで問題なのでしょうか?よくよく考えてみると、人によってはそこまで重要ではないということもあるはずです

要は問題が解決されれば良いのです。この場合においては、自分でやるということが最も手っ取り早く、時間的・労力的なコストがもっとも低いために、手段の選択・決定が「無意識に、一瞬にして」行われているというだけなのです。

 

「無意識に、一瞬にして」ムダが生じている

大抵の問題は「無意識に、一瞬にして」手段を決定することによって、あとはそのプロセスを遂行するだけで解決されます。いかにも合理的に見えます。

この、「無意識に、一瞬にして」という判断が往々にして仕事の無駄を招いています。なぜなら、その選択は、結果に対する最適解ではなく、もっとも慣れ親しんだというだけの手段であるからです。

人間は慣習に縛られる生き物ですから、仕方ないといえば仕方ないのですが、この慣習を繰り返すことによって、多くの時間やエネルギーが失われています。

 

手段ではなく、取り組むべき問題を選択する

「それは本当に自分がするべきことなのか?」ということをまず最初に問うべきです。多くの人々は、自然発生的に目の前に次々と現れる問題に追われ、手段を「無意識に、一瞬にして」決定し、それを遂行するというプロセスに飲まれてしまっています。それで本当に自分の時間を生きているといえるのでしょうか?

一歩ひいて、その問題の最終的な出口はどこにあるのか、考えてみてください。問題に対して考えられる定義付けは以下の4つに分類されます。

  1. 自分が意味を見いだせる問題で、直接的な目的がある
  2. 自分が意味を見いだせる問題で、間接的に1に対して貢献する
  3. 自分が意味を見いだせない問題だが、1や2をする上では避けられない
  4. 自分が意味を見いだせない問題で、取り組まなくても特に困らない

この中で捨てるべきものは、間違いなく4ですよね。まったくもって無目的です。

難しいのが3にあたる問題群です。身近なところで言うと、瑣末な家事などがこれに当たりますが、しかしまったくもって無目的とも言えません。

ここでようやく、手段を考える必要があるのです。自分でやるならば、なるだけ手早く済ます方法を考える必要があるし、場合によっては後回しにすることも選択の一つです。

 

目的の樹形図の中で考える

本当に時間とエネルギーをかけて取り組むべき問題が1と2の問題群です。ポイントは、プライオリティの高い1の目的から考えることです。そのためには、手段としての小さな問題(2にあたります)を解決する必要があります。そしてこれらの問題に対しても、また小さな手段としての問題が発生するでしょう。

このようにして、あなたにとって大きな大きな目的のある問題は、樹形図のように、それに対する手段としての問題が広がっていきます。

逆に言えば、この樹形図の中で定義付けができない問題は捨てるべきなのです。これはまさしく手段が目的化しているというもので、それを解決すれば何らかの達成感はあるのかもしれませんが、より大きな問題に対しては何の貢献もしていません。

 

以上のことから考えてみると、目的から考えることが、その手段を最適化するもっとも有効な方法であるのです。間違っても手段から考えてはいけないということです。

もし、自分の時間の使い方(あるいは使われ方)に少しでも疑問を持っているのであれば、今回の話を思い出して考えてみてはいかがでしょうか。きっと見方が変わりますよ。

それではまた。

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