【人生】何のために生きる?自分に哲学があってこそ、生活の幅は広がる

 

どうもウノモトです。

 突然ですが、あなたにとって人生の目的ってなんですか?

 「そんなの分かってたら苦労しねーよ」っていう人、案外多いんですよね。

しっかりと立っていると子供の頃は思っていた大人たちが、実は迷い迷って生きていたのだと気づいたとき、何だかやるせない気持ちになります。

格好だけは立派でも、大多数の人間は自分の人生を見失っているような気がするんですよね。

 最近バイト先のお客さんが人生相談のようなものをしていて、それを聞いていて思ったことなんかをまとめてみようかなと思います。

 

何のために生きるのか

 何のために生きるのか、これは本当に難しい問題です。何のためにごはんを食べるのか?何のために歩き、身体を動かし、働くのか?

何のために眠るのか?何のために夢を見るのか?そしてすべてはどこに向かっているのか?

 何より抽象的で、哲学的な問題とも言えます。これらの問いかけをすれば、多くの人は答えに困ることでしょう。

 生きるため?じゃあ何のために生きるんですか?幸せになるため?じゃあ何があなたにとっての幸せなんですか?

 僕も確かなことは言えません。人によってその答えは千差万別だからです。

 

世界とエネルギーの循環、そして幸福

 しかし一つだけ言えることがあります。

 個人の幸福を追求している限りでは、本当の幸せは掴み得ないということです。特に、自分個人の欲求を満たしているだけでは、幸せにはなれません。

 なぜかと言うと、人は自分一人で生きているわけではないからなんですよね。そして世界に対して明確な意思がないと、突き詰めていけば世界は枯渇していくからです。

 当たり前のことですが、僕たちは世界の中の一員です。宇宙(これが何個あるのかはわかりませんが)、あるいはもっとずっと広い世界の中のちっぽけな存在だと思うんです。

そしてその一員同士が、互いに反応しあい、エネルギーを受け渡しながら、この世界を構成している。そんな中で、自分一人だけの幸福を追求していても、世界には何ら貢献していません。

 最初のうちは良いでしょう。しかし、それがずっと続けば、世界のエネルギーはだんだんと力を失っていきます。

 それは、あなたからのエネルギー供給が少ないからです。そのうち、世界はあなたに何も与えないようになります。

 世界はエネルギーの循環です。あなたからの流れがなければ、あなたに流れていくものも少なくなる。それって、最終的には全く幸せにならないんですよね。

 だから、自分がどのようにして世界に対して価値を出していくのか、ちゃんと考えていく必要があるんですよね。その対価として一番わかりやすいものがお金なんですけれども。

 聖書にはこう書かれています。

与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。 

 新約聖書 ルカの福音書 6 38

 

すべてはつながっている

 世界に対して何かしらの貢献活動をしないことには、本当の幸せは得られません。しかし、何をすれば良いんでしょうか。

 やはりそれを考え続けることです。諦めずに、じっくりと。自分にできること、自分がやりたいこと、得意なこと、そして他者が求めること、これらがヒントになります。

 それがおぼろげにでも見えたとき、すべてはつながって見えるようになります。寝ること、息をすること、食べること、話すこと、すべては巡り巡って世界に向かっているのだと。

 どんなことを通して世界に貢献するのか、これが分かるとそこから逆算をして、やるべきことが見えてきます。

世界に対する哲学があって初めて、自分のするべき活動が見えてくるのですよね。そうなると、すべてはそこに向かって動きはじめると思うんです。

 

 この哲学とは企業理念のようなもので、これがあって初めて多角的な事業の展開ができるというようなものです。大企業の事業はみな、一つの糸で結ばれていると思いませんか?

 例えば、ごはんを食べることは直接的には自分のためかもしれません。

しかしごはんから得たエネルギーによって身体を動かしているわけですから、これは間接的に自分という身体を通じて世界に貢献するように方向づけられています。

 あるいは、勉強をすることも、運動をすることも、最終的には自分という個人を通して最終的には世界にアウトプットされるわけですから、大事な活動なんです。

 こんな風にして、「世界のために、じゃあ何をすればいいのか?」を突き詰めていくと色んなことをしないといけないようになります。

そしてそれは結果的に生活の幅を広げ、豊かな人生をもたらしてくれると僕は信じているのですよね。

このブログも、直接的には読者の皆さんにとってのプラスになるようなことを心がけていますが(これは一つの価値です)、もっと大きな意味で言うと、僕という個人を通して、間接的に世界に貢献するように構想段階で設計されています。

実はブログを始めたのも、まず最初に哲学があったからなんです。

 

考えることから始めよう

 自分がどこに向かっているのか、まだ何も分かっていなくても良いんです。時間をかけて、考えていくことが大事だと思います。

 僕が本当に見ていて辛いのは、年をとってもなお自分の存在に定義付けができずに、どんどん貧しくなっていく人たちです。そんな人に限って自分の欲求を満たすことに終始していたりするんですよね。

 そうならないためにも、週に1度でも良いと思うんです。少しだけ時間を割いて、自分の向かっていく先を考えてみませんか。

という話でした。

 それではまた。

 

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